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2006-08-09 Wed 17:11
僕のこれまでの人生のうち、合計4年間はアメリカ合衆国での留学生活だ。そのせいか、僕の発想や態度にはアメリカ人のオープンでテキトーな気質が刷り込まれているような気がする。食べ物の好みなども考えると、僕の身体には半分アメリカ人の血が流れているのではないかと思うことさえある。
そこでこのカテゴリーでは、アメリカという不思議な国によって僕の放浪癖がどのように育成されていったかなどを中心に語り綴ろうと思う。とは言っても、あっちへ行ったりこっちへ行ったりとフラフラしていた訳ではない。渡航目的の殆どは留学または仕事であり、その合間を利用してたまたま自分の好奇心を満足させただけのことだ。 何でも体験してみないと気が済まない性格の僕は、どこへ行っても無茶をした。英語に不自由しないということで、会社では全世界のさまざまな海外プロジェクトにアサインされた。海外センターとの共同プロジェクトで、ローマに2ヶ月近くいたこともある。パリ、ミラノ、ロンドンその他のヨーロッパやアジア方面の出張も含めると、海外の滞在期間は5年以上になるのではないかと思う。アメリカ以外の体験談は、「伊太利亜放浪記」などの別カテゴリーを順次立てていこうと思う。 もうひとつ、僕の大好きなスポーツ「ウィンドサーフィン」に関しても、カテゴリーを作っておいた。サーフィンよりも遥かに自由度が高くジャンプやエアーも楽しめるこのスポーツは、残念ながらマウイ島あたりに行かないと醍醐味を体験できない。その魅力をできるだけ分かり易く皆さんにお伝えしたいと思う。興味を覚えた方は是非、こちらから全編の完全無料購読にご登録を! 高校時代に1年、大学時代に1年、そして会社に入ってから2年の合計4年間を過ごしたアメリカでの最大の不満は、「メシがまずい」ということだ。若い頃は何でも良かった。ワンパターンの朝食は我慢できる。ランチのサンドイッチはいい。パーティーではピザも最高だ。しかし、あのディナーは何だ! よくもまあ飽きもせずにあのメシのまずい国に何度も舞い戻ったものだと自分でも関心する。 味蕾(みらい)の数が異常に少ない人種なので味がわからないのだと暴言を吐く人もいるが、もともとはグルメ本場のヨーロッパ人だ。荒野の開拓に忙しくて、不幸にも食文化を維持発達させる時間がなかっただけのことだと僕は思う。そのためか、開拓の合間に簡単に出来る食べ物は、なかなかの逸品が多い。ステーキ(特にプライムリブ)、コーン、ローストチキン、脂ギトギトのソーセージとハッシュブラウンと熱を加えすぎたエッグが定番のアメリカン・ブレックファーストなどは、アメリカが生んだ典型的な食文化だと言ってもいい。 反面、東部のスノッブたちが自慢気に通う高級レストランに雰囲気以外のものを期待してはいけない。イタリアン、フレンチ、チャイニーズ、ジャパニーズ・・・ 歴史が鍛え上げたこれらの複雑な味覚や装飾は、そんな些細なことに無頓着なアメリカ人によってバターと塩でワンパターンに「味付け」されてしまった。何でも溶けたバターに浸して食べたがる彼らの舌や胃袋は、もしかしたらエイリアンのそれではないかと思うほどだ。 メシの話しになると止まらなくなるので、これくらいにしておこう。とにもかくにも、僕の大切な友人には、単純だが純粋なアメリカ人が多い。彼らの好奇心とエネルギーには凄まじいものがある。そんな素晴らしい国に憧れ渡米し、そして現場のアメリカン・スピリットに心酔し虜になってしまった僕の貴重な体験を、このブログを通じて皆さんにお届けしたいと思う。 |
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2006-08-09 Wed 17:30
前置きはこれぐらいにして、まずは僕の高校時代の話しから始めよう。
高校生を対象とした留学制度に運良くパスした僕は、高校3年の夏から1年間、米国オハイオ州の裕福な家庭にホームステイしながら現地の高校に通うことになった。僕がこの試験を受ける気になったのは、姉が同じ制度で留学し帰国したばかりだったからだ。 比較的地味で引っ込み思案だった姉は、バージニア州で過ごした1年で豹変した。空港に迎えに行った父母と僕は、小麦色に日焼けし派手な化粧とへそ出しルックで、ダンス・ビートにのって税関から出てきた姉の姿に驚嘆した。姉の口からは、ネイティブと全く変わらないアメリカン・アクセントの英語が飛び出し、ホテルに戻ってもじっとせずに僕たちをプールへと連れ出し、ホスト・マザーに叩き込まれたという華麗なクロールを披露した。 |
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2006-08-09 Wed 17:32
人生が変わる・・・ 直感的にそう感じた僕は、その年の秋の留学試験に迷わず応募した。1年前に姉を送り出して要領が分かっている両親も、全面的に賛成してくれた。高校1年の時だった。
もちろん日本の高校は1年留年するわけだが、アメリカ留学と受験勉強を両立させ、留年を回避した猛者もいた。高校1年の時に受験し、2年の夏から渡米する。1年後に帰国した時には同級生は皆3年生、本人は当然2年の夏から継続する必要があるわけだが、高校に戻らず、そのまま自宅で半年間受験勉強をし、東大に現役で合格するという離れワザだ。留学制度の特典としてアメリカの高校の卒業証書がもらえるため、それを使って日本の大学受験ができるからだ。 僕は1年の時に受験したが2次試験で落とされ、翌年の2度目の挑戦で、団体行動もテストされる最終試験に合格した。従って高校3年の夏に渡米することになった。留年はやむを得ないにしても、皆が受験勉強に必死になり始める3年の夏に渡米できるというのは、ある種の爽快感があった。 |
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2006-08-09 Wed 17:36
7月の終わり、日本から飛び立った100名余りの留学生はサンフランシスコに到着した。そこからバスでスタンフォード大学まで行って、3日間のオリエンテーションを受ける。
全世界から集まった高校生たちはいずれも個性豊かで活発、英語もペラペラだった。さすがに僕たち日本人は気後れし、隅に固まって不可解な笑みを浮かべながらぼそぼそと内緒話をしている印象だった。 インストラクターの周りを囲んで床に座り、活発に質問や議論を続けるオリエンテーション光景は、制服を着て整然と机を並べ黒板を書き写していた僕の高校の授業風景とは似ても似つかぬものだった。 |
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2006-08-09 Wed 19:35
オリエンテーションの最終日に、僕のホストファミリーは西海岸まで自家用飛行機で迎えにきてくれた。お父さんが操縦する6人乗りのプロペラ機で、奥様と3人の子供に僕を加えると、ちょうど座席がいっぱいになる。
このサイズの飛行機に乗るのが初めての僕にとって、「ロッキー山脈越え」は緊張の連続だった。雲の中を通過するとジャンボジェットでも揺れを感じるのは皆さんご存知だろう。これが6人乗りとなると、ロッキー山間部の上昇気流や乱気流によって、風に揉まれた蝶のようにヒラヒラ・フラフラといった感じになる。 スト〜ンと機体が落ちると、奥様が「オ〜、ジョージ!」(Oh, George!)とため息をつきながら注意をうながす。子供達は慣れっこだ。僕は顔がだんだんと青ざめていく・・・ やがて、気分が悪くなり嘔吐を繰り返すようになった僕を見かねて、近くの空港に連絡して着陸許可をもらい、ホテルで一泊の休憩をとることになった。 |
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2006-08-09 Wed 19:37
ホストファミリーはドイツ系の家族で、高校3年生と2年生の男の子が一人ずつ、1年生の女の子が一人という、理想的な家族構成だった。お父さんは大企業の副社長、お母さんは専業主婦で、英語がまだよく聞き取れない僕に明瞭な発音でゆっくりと話しかけてくれた。
家にはプールがあり、毎週末、友人たちを集めてホームパーティーが開催された。パーティーに集まる年配のご夫婦たちはいずれも初めて見る東洋人に興味津々で、まだ満足に英語を聞き取れない僕に、ゆっくりとした明瞭な中西部の発音でありとあらゆる質問を浴びせかけた。 3人の子供たちのうち、男の子は二人とも飛行機の操縦免許を取得しており、月に1度は近くの飛行場でセスナ機の操縦を楽しんでいた。お兄さんの方が僕のホストブラザーで、高校で悪い連中から守ってくれたり素敵なガールフレンドを見つけてくれたりする役割を担うはずだったが、それは甘い期待だったことが後でわかった。弟さんは非常に頭が切れたが、親兄弟や高校の同級生たちを完全に馬鹿にしており、僕も初日から彼の「頭脳テスト」であるチェスに毎日突き合わされることになった。妹さんは、赤毛の髪に劣等感を抱いていたせいか非常にシャイで、僕とは顔を真っ赤にしながら遠慮がちに話していた一方、親にはいつも反抗し、兄ふたりには常に悪態をついていた。 非常に裕福で恵まれた家庭なのに、絶えず不平・不満・悪態が飛び交うこの家族は、僕にとって大きなショックだった。 |
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2006-08-10 Thu 14:26
裕福なこの家族は、経済力も生活習慣も物の考え方も、日本の僕の家族とは全く異なっていた。ただ、経済力があるとは言っても、子供たちに多額のお小遣いを与えて好き勝手させ放題ということは決してなかった。
ブ〜ブ〜不平を言いながらも芝刈りやプール掃除をし、無断で外食をすることはなかったが食卓ではいつも壮絶な兄弟喧嘩が繰り広げられた。未熟で我儘な子供たちなのだが、彼らは成熟した大人として扱われ、家族の一員としての役割が存在し、常に議論があり、葛藤を経験する。 両親や年配者を敬うことを当然のように考えていた僕にとって、子供が親と対等に口をきくということは新鮮だったし、感情的な罵詈雑言は聞くのは嫌だったし、反抗的な子供に対して両親がなぜこんなに落ち着いていられるのだろうと不思議だった。当然、僕はなかなか「家族の一員」という気持ちにはなれなかったが、やがて自分が「子供」として入り込もうとするから無理があるのだということに気づいた。 |
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